この基本用語集では、いくつかのテーマごとに分けて、基本用語の簡単な説明をしています。網羅的なものではありませんが、ユングのテキストを読む上で必要となる重要なポイントをおさえることを目的としています。用語の表記は日本語、ドイツ語、英語の順になります。
ユング心理学研究会では、ユングのテキストを読み進める会「ユングスタディ」を月一回のペースで開催しています。その際に参加者が参照できるものとしてこの基本用語集は企画されました。内容については会の参加者による議論や検討を経て、最終的にここにある形へと結実しています。会の参加者の利便性を鑑みてこれを会のHP 上に掲載することにしました。この用語集の著作権はユング心理学研究会に帰属します。
● 意識と無意識
意識 Bewußtsein, consciousness
無意識 das Unbewußte, the unconscious
個人的無意識 persönliche Unbewußte, personal unconscious
集合的無意識 kollective Unbewußte, collective unconscious
● 心の様々な構成要素
コンプレックス Komplex, complex
心 Psyche, psyche
自己 Selbst, Self
自我 Ich, ego(I)
ペルソナ Persona, persona
こころ(たましい) Seele, soul
アニマ/アニムス Anima/Animus, anima/animus
● タイプ論
タイプ Typus,type
外向 Extraversion,extraversion
内向 Introversion, introversion
機能 Function, function
● 個性化過程
個性化 Individuation, individuation
シンボル Symbol, symbol
● 元型論
元型 Archetypus, archtype
共時性(シンクロニシティ) Synchronizität, synchronicity
意識 Bewußtsein, consciousness
自我が心的内容と関係を持ち、その関係が自我に感じられている状態のこと。
無意識 das Unbewußte, the unconscious
一義的には、当人にとって意識的でない、すべての心的内容や心的過程のこと。
しかし実際に、ユングが「無意識」という言葉で問題にする事象は、単に意識されていない事柄ではなく、むしろ意識領域の中に現れてきてはいるが、意識のコントロール下にないもののことである場合が多い。何かがしたいと思っても、その通りにできない、むしろ別の方向へと自然と言動が向かってしまう、そういった状況をユングは、活性化した無意識内容が当人の意識的な意図に反する形で現れているのだと考える。
個人的無意識 persönliche Unbewußte, personal unconscious
個人の成長過程で獲得された個人的な無意識内容のこと。適切な意識化がなされれば意識することは可能で、当人のアイデンティティの重要な要素となる。
集合的無意識 kollective Unbewußte, collective unconscious
人類一般に共通し、遺伝によって大勢の人々に同時に備わっている無意識内容。「元型」と呼ばれる集合的な型をもつ。元型的イメージとして意識領域に現れるが、元型そのものは意識できないとされる。
★ 個人的無意識と集合的無意識との関係に注意!
両者は論理的には、個と類、具体的事物とパターンの関係にある。例えば、特定の犬(ポチ、シロ、等)と「イヌ」という動物種の概念との関係がこれに当たる。同様に、個人的無意識としての各々の母親コンプレックスの背後には、それらの共通の要素の型となる集合的無意識の母元型があることになる。したがって両者は基本的には概念的区分けで、実際には不可分にしか現れえないが、現実の対応において両者を区別して考えることは重要である。
1.基本的な構成要素
コンプレックス Komplex, complex
さまざまなイメージや観念が、共通の感情の調子によって結びついて一個の複合体(コンプレックス)になったもの。心の高位の基本的な構成単位で、ユングは人間の心を、様々な機能コンプレックスがそれぞれに関係し合うシステムとして考えていた。
ユング初期の業績である言語連想実験においては、被験者にとって何らかの感情的こだわりのある事項に関係する言葉を投げかけると、反応時間が長くなったり身体的情動的反応が現れたりと、本人が意図しない反応が現れ、当人はそれを意識的にはコントロールできなくなる。これがコンプレックス反応で、何らかのコンプレックスが活性化すると、それが強い情動を伴って当人の意識的過程を阻害し、当人の意識の状態や構えと相容れない状況を引き起こしてしまう。
一般的に「自分でなくなった」「何かに取り憑かれた」などと表現される人格分裂の状態も、ユングはコンプレックスの活性化として捉えた。特定の機能コンプレックスは、自分の中にいる「別の誰か」のごとく、人格的な主体を持っているかのように現象する。
2.心の全体
心 Psyche, psyche
意識・無意識の両方を含めたあらゆる心的現象の総体のこと。
自己 Selbst, Self
全人格の一体性と全体性。元型の一つとしても挙げられていて、心の一体性や全体性を表現しているようなイメージは、自己の元型的イメージとされる。
★ 心の全体を表す時に、ユングは二つの概念を使い分けるので注意が必要。
学校のクラスに例えると、「心」はクラス名簿に載っている児童たち全員に相当する。「自己」は、そのクラスの全体としてのまとまり方、クラスの雰囲気、あるいはそのクラスの中心的存在としてみなされる特定の児童など、クラス全体としての機能的な一体性や中心性を指している。
3.心の機能を担う各構成要素
自我 Ich, ego(I)
「わたし」という言葉で通常指し示されているもので、心理学的には「わたし」が同一化している機能コンプレックスのこと。当人の意識の中心となる存在だが、自我の全てが必ずしも意識的であるとは限らない。むしろ「わたし」自身のあり方は、往々にして無意識的である。自我は心の中に数多くあるコンプレックスの一つにすぎず、決して心全体の中心的存在ではない。(心全体の中心は「自己」のほうである)
ペルソナ Persona, persona
外界に適応した機能コンプレックス。ラテン語の「仮面」を表す言葉に由来している。職業的な役割や対人的な仮のふるまい方のように、自分が社会に適応するために作り上げた仮面としての人物像で、これと自分とを同一化している場合も多い。本来の自分を実現する個性化過程は、定式的には、このペルソナが本来の自分ではないと気づくことから始まるとされる。内的人格たる「こころ」とは対概念になる。
こころ(たましい) Seele, soul
内界に適応した機能コンプレックスで、人格的特徴を往々にして持ち、自我が無意識と向かい合うための仲介の機能を持つ。ペルソナと対概念であり、アニマ・アニムス(1)の上位概念でもある。
アニマ/アニムス Anima/Animus, anima/animus
もともとはラテン語で生命/精神を表す言葉を、ユングが自前の心理学用語として使っている。文脈により二つの異なった意味で使われるので、要注意の用語。また、現代のジェンダー思想の観点から見て必ずしもそのまま受け取れないような面もあり、ユング派内部でも論争的な概念である。
(1)男性の「こころ」をアニマ、女性の「こころ」をアニムスと呼ぶ。
自我は自分のことを男性あるいは女性として意識するので、その反面として、無意識は異性像のイメージを帯びて現れる。より深い無意識内容と関係を持つときのインターフェイスとして働く機能を持つ。この意味合いの場合、定義上は、男性にアニムスはなく、女性にアニマはないことになる。
(2)より広い意味合いで、元型としての女性原理・男性原理を指す。
伝統的には、女性原理は物質的で生命的なもの、男性原理は抽象的で精神的なものに相当するとされる。この場合、男女どちらにもアニマ・アニムスは存在することになる。各人の内的機能コンプレックスとしてのアニマ・アニムスの背後には、元型としてのアニマ・アニムスがあり、さらには男女ペアのシジギー元型がある。
タイプ Typus,type
人は何かに対応する時、それぞれの心の構え(準備態勢)に沿って様々に反応するが、この様々な個人的反応の中に見られる共通のパターンのこと。タイプは、それぞれが持っている意識の構えを元に分類される。外向・内向のどちらが優位かによる向性タイプと、思考・感情・直観・感覚という意識の四つの心的基本機能のうちどれが優位かによる機能タイプがあり、これらを組み合わせて、例えば「外向思考型」といった全8種類の分類を行う。
ユングにとってタイプ論は、その人の個性と成長可能性を把握する上での基本となる枠組みである。単なる人格の類型化に留まるのではなく、当人のなにが無意識で、どこから人格の成長や変化が起きるのか、どこにどう働きかけをすれば変化を期待できるか、といったことを見取るためのツールである。
外向 Extraversion,extraversion
主体の関心が外界の客体に向けられている状態。リビドー(心的エネルギー)が外へ向かうこと。
内向 Introversion, introversion
関心が外界の客体ではなく、主体や内的イメージに向けられている状態。リビドーが内へ向かうこと。
機能 Function, function
状況が変わっても原則として変わらない一定の心の活動形式のことで、ユングは意識の基本機能として、思考、感情、感覚、直観の四つをあげる。
・思考 Denken, thinking 与えられた表象内容を概念的に連関づける機能
・感情 Fühlen, feeling 「快」か「不快」かを通して一定の価値を付与する機能
・感覚 Empfindung, sensation 目の前にあるものをそのまま知覚する機能
・直観 Intuition,intuition 目の前にあるものに触発されて現れるイメージを知覚する機能。
四機能は、一定の基準に従って判断を行う合理的機能(思考-感情)、知覚を主とする非合理的機能(感覚-直観)の二つの軸に分けられる。それぞれの軸は、片方の機能を十分に活用するためには、反対の機能を抑えなくてはならない関係にあり、対立的である。例えば、思考を純粋に働かせる時には、感情的な部分は抑えておかなければならない。
機能には優越機能と劣等機能がある。優越機能は意識的によく使用されている機能のことで、当人にとって最も発達し分化している。一方で、劣等機能は分化から取り残された機能であり、無意識な構えと結びついて、自我の意図にそぐわないように働く。外向-内向、思考-感情、感覚-直観は、それぞれ一方が優越であれば他方が劣等になるという関係にある。
例えば、意識において外向思考型の人の無意識は、劣等機能たる内向感情の傾向をもって現れる。ふだんは思慮深いはずの人が、ある時たいへん情動的に怒って手がつけられない、といった時には、思考型の劣等機能としての感情が、意識的な過程を阻害して現れていることになる。タイプは当人の意識が持っている構えによって分類されるが、当人の無意識の構えにおいてはタイプが反転している。
個性化 Individuation, individuation
木の種が十分な条件の元では自然と樹木へと育つように、ユングは人間の心も、なるべき個性的な在り方へと自然と発達してゆく自己実現の傾向を持っており、これが十分になされずに阻害されると病的な停滞状態になると考えた。心理学的には個性化は、個性的人格の発達を目的とする分化過程のことである。
個性化は、「自分がなりたいと希望するものになる」という、一般に自己実現として考えられているようなものとは異なる。これはあくまで自我が望むものの実現であって、無意識をも含む心全体の発達ではない。無意識を意識化していく中で気づきを得て、自我と無意識の間の対立状況が調停・統合され、心全体がそうであるものに自然となっていくことで、はじめて個性的人格は実現される。個性化とは最終的には、心の中心が「私」すなわち自我にではなく、無意識の中にある「自己」にあると理解していくことである。
シンボル Symbol, symbol
明確に知ることができない無意識内容を、意識に受け取ることが可能なかぎりで表現しているイメージのこと。意識と無意識が構えにおいて対立し、それぞれに別々のものを志向しているとき、人間は葛藤の中でどっちつかずの停滞状態に陥って、心の病の状態になる。こうした状況下でシンボルが現れると、それは意識と無意識の両方を引きつけ、両者は新しい目標のもとに動き出すことができる。シンボルの登場は治癒がなされたことを意味するとともに、個性化過程の具体的な一環でもある。
時代の対立状況の中から現れたシンボルは、元型的イメージとして個人だけでなく集団を引きつけて動かし、社会的な状況を変えていくことにもなる。例えばイエス=キリストに関わるシンボルはその例である。
元型 Archetypus, archtype
人類一般が持っている心のふるまいのパターンのこと。多くの人々に共通に現れて影響を与えるイメージは、元型の現れであり、元型的イメージである。
集合的無意識の中の特定の元型が活性化すると、人間は現れた元型的イメージの方向に強い情動をもって惹きつけられ、心理や行動が一定の方向に向かわされてしまう。元型的イメージに強くとらわれすぎると、個人の人格が圧倒され失われて、個性が失われ集合的な心性に巻き込まれてしまう危険がある。一方で、それを適切に意識化できれば、個人の人格を揺り動かして個性化過程を促す働きを持っている。
<ユングの挙げた元型の例>
影 人格の劣等な反面を表す元型
アニマ・アニムス 異性像の元型で、それぞれ生命的な原理と精神的な原理を表す
老賢者・グレートマザー アニマ・アニムスの上位となる異性像の元型
精神元型 生命や物質と対立する原理を表す元型
童子元型 新たに生まれ育っていく可能性を示す元型
トリックスター 集団の影に関わる元型
自己元型 心全体の統合の中心を表す超越的な元型で、神聖な感情を帯びる。
典型的イメージとしては、「神」、マンダラ・円形といった幾何学図形、宝石や花、等がある。
★元型論は時期によって内容が異なることに注意!
元型論は初めの頃は、生物学上の本能との類縁性が言われ、あくまでも人間の心のふるまいのパターンとして考えられていた。しかし後期になると、むしろ物質と心の両方を深層にて統合している宇宙的な原理として位置付けられる。共時性論はこの後期の元型論に基づいている。
共時性(シンクロニシティ) Synchronizität, synchronicity
意味のある偶然の一致。外界の事象が、心の状態と意味のある一致をする現象。あるいは、因果的な関連が認められないところで、二つの事象が偶然に一致した意味を示すように現れる現象のこと。
ユングはこうした現象を、元型論をもとに説明した。心も物質も根本的なところでは一体である。その一体の領域である種の元型が布置(活性化)すると、心と物質的世界の両方で、同じ意味を持った現象が同時に起きたように見える。ユングはいわゆる超常現象も、この共時性の原理で説明した。