白田信重(ユング心理学研究会)
去る2月20日のユングサロンは、「『ニンゲン』から見える人間のあり方 ?『貝がらの森』が織りなす人と世界の存在論?」のタイトルで、画家・作家のなかひらまいさんにお話を伺いました。
『貝がらの森』は、なかひらまいさんによる挿絵付きの童話で、2013年11月に毎日新聞大阪本社版に連載され、この度、加筆修正した単行本が出版されています。私は、ご縁あってこの単行本に解説文を寄せていましたので、今回サロンの進行役をさせていただきました。
『貝がらの森』は、女子中学生の「夢」が、小学生の頃に行ったことのある不思議な世界「貝がらの森」での記憶を取り戻し、そこでの体験を友人に語ってゆくお話です。この「貝がらの森」には人間がおらず、夢が人間についての話をしても、それは奇妙な化け物「ニンゲン」の話として受け取られます。
なかひらさんによれば、今回の創作においては「懐かしさ」がキーワードであるとのこと。実際この作品は、狐、一つ目小僧、水の中の異界、しゃべる石、天狗、異界の者の救出と恩返し、さらには浦島太郎的な異界探訪譚など、日本の様々な民話と共通するモチーフがたくさん見られる作品です。ユング心理学的観点からは、変身、供儀、マンダラといった、世界的に普遍に見られるテーマもあります。
また、作品中の一つ目小僧たちと狐たち、各々の共同体の描写には、日本における鍛治集団と農耕民たちの実際の関係が反映されています。古来から一つ目は、火で目を怪我する鍛治師たちのシンボルですし、狐を奉ずる稲荷信仰は稲作をする農耕民の習俗になります。しっかりとした民俗学的基盤に基づいた創作になっています。
なかひらさんには、作品制作の上でモチーフとなった様々な民話や、作品中の場所のモデルとなった和歌山での自然風景の写真などを紹介していただきました。
一方で『貝がらの森』には、そうした伝承や習俗に還元されない現代的問題や、作者自身のオリジナリティが現れた要素もあって、それが民話的モチーフをバラバラにではなく一つの物語にまとめあげていると私は思います。
そうした要素の一つとして、私は「孤独」というテーマを挙げさせていただきました。この作品は、なにかを抱え込んでしまった人が、集団の中にいることができずに、孤独の中でなにものかを探す旅に出るお話でもあります。キツネになってしまった主人公は、キツネとして生きるように言われ、キツネとして生きるあり方を探して旅をしますが、しかしキツネの村に着いたら着いたで、そこでまた馴染めない違和感を感じたりします。そうした寄る辺なさが、この物語の基底にあります。
この作品に描かれている民話的世界の彼岸的なあり方は、この現代では見失われ、忘れ去られたものでもあります。それとこの現世とをどう繋げていったらよいのか、それをどう話していったらよいのか。この物語は、主人公である「夢」が友人である「航」に、「あなたなら分かるかもしれない」とようやく話し始めるところから始まりますが、つまりは、誰にでも話せたり理解してもらえたりしないであろうことを抱えた人間の物語でもあり、ここにもまた痛切な「孤独」のテーマが垣間見えています。最後に二人、並んで夕日を見ながら黙ってコンビニおにぎりを食べる姿には、そうした個となった現代人ならではの繋がり方を感じさせるものがあります。
民話的世界から現代的問題まで、人間の在り方の様々な層に触れることのできたサロンでした。なかひらさんの益々のご活躍に期待をしたいと思います。