ユングの論文「心的エネルギー論について」(1928年)は、ユング心理学を支える重要な観点であるエネルギー論的観点について詳細に述べたものです。ユング前半期の総まとめであるとともに、後期ユングの理論的支柱となる、たいへん重要な論文です。
この論文が出た当時は、ちょうど現代の量子力学の基礎が完成した時期にあたります。19世紀からこの時期にかけて、科学者の間では、統一的な科学的世界観はどうあるべきかについて、原子論者とエネルギー論者との間で激烈な議論が繰り返されました。その議論は次第に量子力学的世界観、そして現代の素粒子論的世界観へと繋がっていきますが、ユングのこの「心的エネルギー論」論文は、こうした自然科学的世界観の揺れ動きに影響されて書かれた面があります。現代の科学的世界観が生まれるときの「産みの苦しみ」を読み取ることも出来る、同時代的な内容でもあります。
たいへん重要な論文でありながら、この「心的エネルギー論について」には未だ邦訳はありません。今期ユングスタディでは、この論文のドイツ語原文と英訳文とをテキストにして読み進めていく企画を行います。ドイツ語および英語が読めない方でも参加できるような内容にしますので、関心のある方はお気軽にご参加ください。
時間:19:00~21:00 (開場は18:30)
会場:中野区産業振興センター(旧称 勤労福祉会館)
インストラクター:
@白田 信重
・「白田石材店」代表取締役社長。当研究会会長代行。
・浅草で100年の老舗石材店「白田石材店」の第四代目社長。早稲田大商学部卒。
@岩田 明子
心理カウンセラー、心理占星術研究家、バッチフラワーセラピスト、ドイツ語翻訳家
@山口 正男
エンジニア(沸騰水型原子炉及び核燃料関連施設の設計に従事、六ヶ所村再処理工場や高速増殖炉もんじゅで現場勤務も経験、原子力規制業務に従事)
会費:1000円
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第1回 3月3日(木) |
第1回となった3月3日のオリエンテーションでは、論文の概要についての説明が行われました。また、この論文を理解する上で重要となる二つの背景、①アリストテレスのエネルゲイア概念、②19世紀後半から20世紀初頭にかけての、自然科学における原子論者とエネルギー論者との対立、について、それぞれ研究会メンバーの岩田明子さん、山口正男さんより詳しい説明を頂きました。 第2回以降は、この論文を三つのパートに分けて実際に読み進めていきます。
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第2回 4月7日 (木) |
第1章となる「心理学におけるエネルギー論的観点概説」を取り上げます。 このパートでは、自然科学における機械論的観点とエネルギー論的観点との比較から始まり、それら観点がいかなる心理的傾向と関連があるのか、心理を科学としてエネルギー論的から考察することは可能か、といったテーマが論じられます。事象を扱う際の方法について根本から明確化する議論は、私たちのものの見方を改めて整理してくれるように思います。
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第3回 5月12日 (木) |
2016年前期ユングスタディでは、引き続きユング「心的エネルギー論について」(1928年)を読み進めています。 4月7日の第2回では、論文第1章「心理学におけるエネルギー論的観点概説」の読みに入りました。「序」に関しては、研究会メンバーの山口正男・岩田明子・白田信重による共同訳での全訳を元に、「力学的-機械論的立場と、エネルギー論的-目的論的立場との違いが、感情移入-外向と抽象-内向という心理学的構えに拠るものである」というユングの捉え方を確認しました。後半の「心理学における量的測定の可能性」については、内容を簡単にレビューしました。
第3回では、論文第2章「エネルギー論的観点の適用」を取り上げます。 このパートでは、自然科学におけるエネルギー論的観点が、どの程度まで心の理解に適用可能であるかを論じています。ユングは心を、比較的に閉じた熱力学系と見なした上で、エネルギーの保存則およびエントロピーという熱力学上の概念を中心に論じていきます。 イメージやシンボルを語る神秘的な思想家として捉えられがちなユングですが、この論文では、論理的かつシステマティックにものを論じるユングの姿勢を感じることができます。邦訳がない論文ですので、日本ではあまり紹介されていないユングの側面と言えるかもしれません。
前回と同じく、幾つかのパラグラフについては、ドイツ語原文と英訳文、そして研究会独自での試訳となる日本語文とを付き合わせて読みます。ドイツ語および英語が読めない方でも全く支障なく参加できますので、関心のある方はお気軽にご参加ください。
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第4回 6月9日 (木) |
5月12日の第3回では、第2章「エネルギー的観点の適用」を取り上げました。ここでは、エネルギー的観点を心理学に応用した場合、心というものをどのような系(システム)として捉えるべきかが論じられています。「心の特定の部分で使われなくなったエネルギーが、心の他の部分において様々な形で現れる(エネルギー保存側)」、「心が様々な葛藤を経て、エネルギー値の低い安定した状態に移行する(エントロピーの法則)」といった見方が示されました。 さらには、同じ「エネルギー」という言葉を使っていても、ある種の作動因として機械論的文脈で使われている場合と、本来の「エネルギー」の意味である目的論観点において語られている場合との区別について注意が促されました。「心的エネルギーの変化は、単に関心の対象が変わるというだけのことでなく、人格の根本的な変化であり発達である」というユングの議論には、人間とはどういう存在であるかについて考えさせられるものがあります。
今期スタディの最終回となる第4回では、第3章「リビドー論の基本的概念」を取り上げます。ここでは、心的エネルギーの変換をもたらすのが象徴イメージであることが示されます。象徴がいかに形成され、いかに様々な葛藤を調停して変化をもたらしていくのか、この点こそ、第一次世界大戦に強く衝撃を受けたユングが、『赤の書』『タイプ論』を通して持ち続けた問題意識であり、その理論的帰結です。
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